ヨガモジ 305/365「福」
目が見えている時には、目が見えるという幸福に気が付かない。
傍に誰かがいてくれる時には、誰かと共にいる幸福に気が付かない。
何も気にぜず出掛けていた時には、健康という幸福に気が付かない。
灯台下暗し。
幸福はすぐそばにある。
遠くに目を凝らしても見えなくて、
身近すぎて、当たり前のことすぎて、見ていなかったところに光をあてると見えてくる。
何かを失った時、不自由を感じる時こそ、傍にある幸福を見出すチャンス。
ヨガモジ 305/365「福」
目が見えている時には、目が見えるという幸福に気が付かない。
傍に誰かがいてくれる時には、誰かと共にいる幸福に気が付かない。
何も気にぜず出掛けていた時には、健康という幸福に気が付かない。
灯台下暗し。
幸福はすぐそばにある。
遠くに目を凝らしても見えなくて、
身近すぎて、当たり前のことすぎて、見ていなかったところに光をあてると見えてくる。
何かを失った時、不自由を感じる時こそ、傍にある幸福を見出すチャンス。
ヨガモジ 304/365 「退」
人間は科学を進化させ、便利な機械を生み出し、自らの身体を使わないですむ生活を手に入れた。
そうすることで、生まれながらに持ってる能力を使う機会を失い、かつてあった人間の能力は退化していっている。
自然なバランスがとれてい状態が健康な状態。
進歩した科学の中で不自然な生活をしている人間が、本来もっている健康も能力を維持するには、日々意識的に訓練し退化させない努力が必要なのです。
ヨガモジ303/365 「明」
諦めるの語源は、「明らかにみる」
理想としていた現実は、目の前に無いかもしれない。
しかしどんなに目をこらして見ようとも、無いものは無い。
だから自分の「今」を見定め、受けいれる。
そして、理想は一旦脇において、今自分が出来ることを精一杯やると肚を決める。
諦めるとは、現状を受け止め、進む道を選び覚悟を決めること。
明るい方へ
明るい方へ
ヨガモジ302/365 「侮」
自分で自分を駄目だと決めてかかり、可能性をなくしてしまうことは、自分で自分を侮辱し害することです。
人を侮辱してはいけないとみんなわかってるのに、なんで自分は侮辱してもいいなんて思うのでしょう?
ヨガモジ301/365 「料」
私たちには一人一人持ち味が違う。
料理とは違うものを掛け合わせて、新しい「美味しい」を生み出すこと。
砂糖と塩と胡椒、どれが一番優れた調味料かなんて誰にもわからないように、誰が優れてるかなんて、誰にも決められない。
好みの問題だからね。
ナンプラーみたいに癖の強い調味料は、嫌いな人は嫌いだけと、好きな人にはめっちゃ好き。
誰かが嫌いだったとしても、別にナンプラーが悪いわけじゃない。
全員に好かれる調味料である必要はないんだ。
誰かしらの美味しいにんればいいんだ。
自分の味を知ることで、相手の味を知ることで、それを掛け合わしたらどんな味になるかを知ることで、どんどん料理上手になっていく。
ヨガモジ300/365 「功」
頭がいい人は、難題を説くことで功を立てる。
力持ちは、力仕事で功を立てる。
口がうまいひとは、説くことで功を立てる。
美しい人は、魅せるで功を立てる。
ひょうきんな人は、場を明るくすることで功を立てる。
その功績に甲乙はない。
それぞれ持っている力で、立派に仕事を成し遂とげる。